見捨てられる不安を受けとめる:愛着スタイルとワーク・エンゲイジメント、ワーカホリズムとの関係

以前、ブログの記事で、従業員の愛着スタイルが知識共有に影響するとの記事、そして従業員の本来感と優越感がワーク・エンゲイジメントとワーカホリズムに影響するとの記事を投稿しました。今回は、それらを発展させて、愛着スタイルとワーク・エンゲイジメント、ワーカホリズムとの関係を分析し、9月の産業・組織心理学会で報告した研究を紹介したいと思います(向日, 2023)。以前の記事を読んでいない人のために、簡単にまず関連概念を紹介したいと思います。

ワーク・エンゲイジメントとワーカホリズム

近年、日本の人材系の領域において、「仕事に対するポジティブで充実した心理状態」(Schaufeli et al., 2002; 島津, 2010, p.2)であるワーク・エンゲイジメントという概念が注目されています。ワーク・エンゲイジメントは仕事への「活力」、「熱意」、「没頭」によって構成され(Schaufeli et al., 2002)、ワーク・エンゲイジメントが個人のパフォーマンスやメンタルヘルスなどにポジティブな影響を与えることなどが明らかにされています(Shimazu and Schaufeli, 2009)。

このワーク・エンゲイジメントの近接概念として、強迫的に過剰に働くワーカホリズムという概念が存在します。このワーカホリズムの概念は「過剰な働き方」と「強迫的な働き方」から構成され(Schaufeli et al., 2008)、ワーカホリズムが個人のパフォーマンスやメンタルヘルスにネガティブな影響をもたらすことも示されています(Shimazu and Schaufeli, 2009)。

ワーク・エンゲイジメントとワーカホリズムは弱い正の相関があることが確認されていることから、職場で積極的に働いており、一見、ワーク・エンゲイジメントが高まっているように見える人であっても、実はワーカホリズムも高まっている場合には、その人の働き方がもたらす効果がネガティブなものになってしまう危険性があります。

では、このワーク・エンゲイジメントとワーカホリズムを左右する要因は何なのでしょうか。ワーカホリズムには強迫観念があることから、これに関連する概念として愛着スタイルに注目してみました。

愛着スタイル

愛着スタイルはBowbyが提唱した、養育者との関係が後の人間関係や行動などに影響するとの愛着理論を土台としています。愛着スタイルの代表的なものとして、Bartolomew & Horowitz(1991)や、Brennan et al.(1998)の研究に基づく分類があります。この分類では、他者から見捨てられるのではないかという「見捨てられ不安」と、他者との親密性を避けようとする「親密性の回避」の2次元の組み合わせから、低回避・低不安の「安定型」、低回避・高不安の「とらわれ型」、高回避・低不安の「拒絶型」、高回避・高不安の「恐れ型」の4つの愛着スタイルに分類されます。

そして自己を守ってくれる頼れる人物である「安全基地」が存在するときに安定型の愛着スタイルが形成されやすいとされます。幼少期は親が安全基地の役割を果たすことが多いものの、成長するに従い、先生、友人、恋人、配偶者などが安全基地の役割を果たすことも多くなります。そして不安定な愛着スタイルであっても、成長過程において安全基地となる他者が存在することで、安定した愛着スタイルに移行する可能性があります。

愛着スタイルとワーク・エンゲイジメント、ワーカホリズムとの関係

特に見捨てられ不安は強迫観念に関連していることなども示されていることから、企業で働く従業員にアンケート調査を実施し、愛着スタイルとワーク・エンゲイジメント、ワーカホリズム(働き過ぎ、強迫的な働き方)との関係を検討してみました(向日, 2023)。重回帰分析という手法で分析しましたが、その結果の要約を下の表にまとめました。この表では数字がプラスの方向に大きいほど正の影響を、マイナスの方向に大きいほど負の影響が強いことを示し、また、”*”の数が多いほど統計的に関係が強いことを示します。

分析の結果、「見捨てられ不安」がワーク・エンゲイジメント、ワーカホリズムともに強めるとの結果が見られました。一方で「親密性の回避」がワーク・エンゲイジメント、ワーカホリズともに弱めることが明らかにされました。この結果を見る限り、見捨てられ不安が高いことでワーク・エンゲイジメントが高まる一方で、ワーカホリズムも高くなってしまうと考えられます。そこで、さらに愛着スタイルの4つの分類の影響を検討してみた結果が以下の図になります。

不安:見捨てられ不安
回避:親密性の回避

これらの結果は、見捨てられ不安が弱く、他者と親密に接することができる「安定型」(低回避・低不安)の人は、ワーク・エンゲイジメントがそこそこ高くなる一方で、ワーカホリズムは低くなることを示しています。また見捨てられ不安が強いために、他者と密接に接しようとする「とらわれ型」(低回避・高不安)の人は、ワーク・エンゲイジメントが高い一方で、ワーカホリズムも高くなることを示しています。どうも、とらわれ型の人は見捨てられないように人間関係を維持しようとするために、職場においても上司や同僚に認められるために過剰に働いてしまっているように見受けられます。

見捨てられる不安を受けとめる

以上から、ワーカホリズムの人のように強迫的に働く人は、見捨てられたくないとの強い思いがあり、認められるために仕事にしがみついているようです。もしそうであるならば、ワーカホリズムの人は、本当は働くことを求めているのではなく安全基地を求めていると言えます。そのため、ワーカホリズムの人の問題を解決するためには、働き過ぎることを否定して無理やり仕事から切り離すことは見捨てられ不安を強めてしまうことから、根本的な解決にはつながらない可能性があります。私たちには、ワーカホリズムの人の頑張りを否定するのではなく、心の底で感じている不安を受けとめてあげることが求められているのかもしれません。そして、まずはここまで頑張ってきたことを労うとともに、頑張り過ぎなくても見捨てられないことをゆっくりと伝えてあげる姿勢が必要なのかもしれません。

参考文献

Bowlby, J. (1969-1980). Attachment & loss (Vols. 1-3),New York: Basic Books.

Bartholomew, K., & Horowitz, L. M. (1991) “Attachment styles among young adults: A test of a four-category model,” Journal of personality and social psychology, 61(2), 226-244.

Brennan, K. A., Clark, C. L., & Shaver, P. R. (1998) “Selfreport measurement of adult attachment: An integrative overview,” In J. A. Simpson & W. S. Rholes (Eds.) Attachment theory and close relationships, 46-76, New York: Guilford Press.

川原正人 (2019) 「アタッチメント・スタイルがネット依存傾向にもたらす影響」『東京未来大学研究紀要』, 13, 45-53.

向日恒喜 (2023)「従業員の愛着スタイルがワーク・エンゲイジメントとワーカホリズムに与える影響」『産業・組織心理学会第38回大会発表論文集』.

Schaufeli, W. B., Salanova, M., Gonzalez-Romá, V. and Bakker, A. B. (2002) “The Measurement of Engagement and Burnout: A Two Sample Confirmative Analytic Approach,” Journal of Happiness Studies, Vol.3, No.1, pp.71-92.

Schaufeli, W. B., Taris, T. W. and Van Rhenen, W. (2008) “Workaholism, Burnout, and Work Engagement: Three of a Kind or Three Different Kinds of Employee Well-being?” Applied Psychology, Vo.57, No.2, pp.173-203.

島津明人(2010)「職業性ストレスとワーク· エンゲイジメント」『ストレス科学研究』Vol.25, pp.1-6.

Shimazu, A. and Schaufeli, W. B. (2009) “Is Workaholism Good or Bad for Employee Well-Being? The Distinctiveness of Workaholism and Work Engagement among Japanese Employees,” Industrial Health, Vol.47, No.5, pp.495-502.

(向日恒喜)

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする