居場所の喪失を受け入れる:『セキュアベース・リーダシップ:〈思いやり〉と〈挑戦〉で限界を超えさせる』を読んで

名古屋はようやく夏らしい暑い日となりましたが、いかがお過ごしでしょうか。向日恒喜です。

このブログは「居場所」をキーワードとしていますが、果たして居場所が企業の経営にどのように関わるかとの疑問を持っておられる方も多いのではないでしょうか?今回は、そのような問いに答えてくれる本を紹介します。スイスのビジネススクールの教授であるジョージ・コーリーザらが執筆した、『セキュアベース・リーダシップ:〈思いやり〉と〈挑戦〉で限界を超えさせる』という本です。

セキュアベースとは

セキュアベースという言葉は、日本語では一般に「安全基地」と訳されます。このセキュアベースの概念は、精神科医のボウルビィによって提唱された「愛着理論」の中で用いられている概念です。愛着理論は「すべての人は生まれながらにして、親密さと安心を得ようとする欲求を持っており、自分を守ってくれると感じられる人からそれを得ようとする」(p.25)という前提に立った理論です。遊び場で親から離れて遊んでいる幼児は、ときどき親のところに戻って安心感を満たし、また離れて遊ぶそうです。このような親子関係のように、安心を提供して外の世界の探索を促すことができる親密な他者との関係をセキュアベースと呼びます。

この本では、このようなセキュアベースを提供できるリーダーシップの必要性を主張しています。それでは、「居場所」の視点から、個人的にこの本の特徴と思われる点を3つ挙げてみましょう。

居場所の視点からの3つの特徴

セキュアベースの概念の拡張

この本の特徴の1つ目は、セキュアベースの概念を拡張した点が挙げられます。

愛着理論では、セキュアベースは親密な他者を想定していますが、この本では主に職場を想定してその概念を拡張し、「守られているという感覚と安心感を与え、思いやりを示すと同時に、ものごとに挑み、冒険し、リスクをとり、挑戦を求める意欲とエネルギーの源となる人物、場所、あるいは目標や目的」(p.26)と定義しています。安心を提供してくれる他者だけではなく、場所や目標、経験、出来事などをも含み、元来の「安全基地」よりも幅広い概念となっており、「居場所」の概念に近いものとなっています。

セキュアベースの喪失と悲しみに向き合う

2つ目の特徴として、人はセキュアベースの喪失に向き合わなければ、前に進むことができないと述べている点が挙げられます。

この本では、人が環境の変化に抵抗する理由に、既存のセキュアベースの喪失やそれに伴う悲しみの予感をがあると述べています。たとえば、昇進したことでなじみの同僚を失う、大型プロジェクトが終了したことで切迫感を失う、新しいコンピュータ・システム導入のために今までのルーティン作業がなくなる、などの状況が挙げられます。このようなセキュアベースの喪失とそれに伴う悲しみに対して、それらに向き合い、克服しなければ、人は新しいことに挑戦することができないと述べています。そのため、リーダーには他者のセキュアベースの喪失と悲しみを受け入れ、また他者のセキュアベースとなることが求められます。

自分のセキュアベースを強化し、他者のセキュアベースになる

3つ目の特徴として、リーダーとして他者にセキュアベースを提供するためには、自分のセキュアベースを強化することが必要であることに触れている点が挙げられます。

自分のセキュアベースを強化するためには、自分自身のこれまでの人生や経験を見つめ直すことが必要だと述べています。たとえば「これまでの人生において、何にいちばん感謝しているか」、「何に最も励まされたか」、「あなたの夢は何か」を思い返すことを勧めています。このように、この本は、単なるリーダーシップの本ではなく、愛着理論に基づいた自己探求の本でもあるとも言えます。

居場所の喪失を受け入れて新たな居場所へ

環境の変化への恐れ。この恐れは自分の居場所を喪失することへの恐れと言うことができます。何を隠そう、私もそのような恐れを感じる一人です。

この本は、古い居場所の喪失を受け入れることで、新しい居場所に移っていくことができ、また他者の喪失に寄り添い、他者の挑戦を支えていくことができるリーダーになることができることを示しています。

まず、居場所の喪失を恐れる弱い自分を受け入れること、それが人の挑戦を促すリーダーにつながっていくのかもしれません。

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