愛着スタイルは従業員の知識共有行動に影響するか?

久々の「居場所のコラム」の記事になります。今回は9月に開催された日本心理学会で研究報告した内容を簡単に紹介させてもらいます(向日, 2022)。

愛着理論、愛着スタイル、安全基地

皆さんは「愛着理論」をご存じでしょうか。愛着理論とはBowlby(1969-1980)が提唱した、養育者との関係が後の人間関係や行動などに影響するとの理論です。この理論に従い個人の愛着スタイルの分類が試みられましたが、代表的なものとして、Bartolomew & Horowitz(1991)や、Brennan et al.(1998)の研究に基づく分類があります。この分類では、他者から見捨てられるのではないかという「見捨てられ不安」と、他者との親密性を避けようとする「親密性回避」の2次元の組み合わせから、低回避・低不安の安定型、低回避・高不安のとらわれ型、高回避・低不安の拒絶型、高回避・高不安の恐れ型の4つの愛着スタイルに分類されます。

これらのスタイルは主に幼少期の親子関係で形成され、「安全基地」と呼ばれる自己を守ってくれる頼れる人物が存在するときに、安定型の愛着スタイルが形成されやすいとされます。幼少期は親が安全基地の役割を果たすことが多いものの、成長するに従い、先生、友人、恋人、配偶者などが安全基地の役割を果たすことも多くなります。そして不安定な愛着スタイルであっても、成長過程において安全基地となる他者が存在することで、安定した愛着スタイルに移行する可能性があります。

愛着スタイルと知識提供/獲得行動との関係

このような概念は居場所や自尊心の概念とも関係が深いことから、この愛着スタイルと職場での知識提供行動、知識獲得行動との関係を分析してみました。

企業で働く従業員にアンケート調査を実施し、友人に対する愛着スタイルを上記の4つのスタイルに分類しました。そして各スタイルと知識提供行動、知識獲得行動との関係を分散分析と多重比較という手法で分析しました。結果の要約を下に示しますが、数字が大きいほど知識提供または知識獲得をする程度が高いことを意味します。

その結果、知識獲得では「安定型>とらわれ方>拒絶型、恐れ型」の順となったのに対し、知識提供では「安定型、とらわれ型>拒絶型、恐れ型」の順となりました。この結果は2つの注目すべき点があります。

1つは、親密性回避の傾向の強い拒絶型、恐れ型の人が、知識提供、獲得ともに控える傾向があるとの点です。知識の共有には人間関係が必要となることから、親密性回避の傾向の強い両型の人々が知識共有を控えるのは、当然の結果とも言えます。

もう1つは、とらわれ型の人は、知識提供においては安定型の人と同程度であるのに対し、知識獲得においては安定型の人に比べて獲得を控えているとの点です。知識の提供は、上司や同僚に対して「自分は知識を持っていて能力がある」ことを示す側面があるのに対して、知識の獲得は「自分は知識を持っておらず能力がない」ことを示す側面があります。そのため、上記の結果は、見捨てられ不安の高いとらわれ型の人は、上司や同僚から能力がないと思われて見捨てられることを恐れ、安定型の人と同程度に知識を提供する一方、安定型の人に比べて知識の獲得を控えていると解釈することができます。とらわれ型の人は一見、積極的に知識を提供している活動的な人のように見えますが、裏では不安を抱えつつ知識の獲得を控え、認められるためにやや無理に背伸びをしている人である可能性があります。そのため、企業は、メンタルヘルスの視点から、とらわれ型の人に対して注意を払う必要があるかもしれません。

安全基地の存在

この研究は、まだ取り組み始めたばかりですが、愛着スタイルが、職場での行動と関係していることを示す興味深い内容です。先に触れたように「安全基地」となる人が存在することで個人の愛着スタイルが安定型に移行する可能性があることから、企業は職場の知識共有を活性化させるためにも、従業員が安全基地となる人を企業の中や外で見つけることができるように支援することが必要とも言えます。以前のブログで愛着理論と安全基地の概念に基づくリーダシップである「セキュアベース・リーダシップ」の概念を紹介しましたが、企業の上司もまた、安全基地の役割を果たすことが求められているのかもしれません。

参考文献

Bowlby, J. (1969-1980). Attachment & loss (Vols. 1-3),New York: Basic Books.

Bartholomew, K., & Horowitz, L. M. (1991) “Attachment styles among young adults: A test of a four-category model,” Journal of personality and social psychology, 61(2), 226-244.

Brennan, K. A., Clark, C. L., & Shaver, P. R. (1998) “Selfreport measurement of adult attachment: An integrative overview,” In J. A. Simpson & W. S. Rholes (Eds.) Attachment theory and close relationships, 46-76, New York: Guilford Press.

川原正人 (2019) 「アタッチメント・スタイルがネット依存傾向にもたらす影響」『東京未来大学研究紀要』, 13, 45-53.

向日恒喜(2022)「企業従業員の愛着スタイルが職場での知識共有行動に与える影響」『日本心理学会第86回大会抄録集』.

(向日恒喜)

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