自己肯定感とワーク・エンゲイジメントは高い方が良いのか?

今回は近年、注目を集めている「自己肯定感」と仕事に対するポジティブな心理状態である「ワーク・エンゲイジメント」について触れてみたいと思います。皆さんもこれらの言葉を聞いたことがあるかもしれませんが、「自己肯定感」や「ワーク・エンゲイジメント」は単に高ければ良いのでしょうか?前回に続いて、学会での研究報告の記事になりますが、10月に開催された経営行動科学学会で報告した研究(向日, 2022)を簡単に紹介しつつ、この点について考えてみたいと思います。

自己肯定感は高い方が良い?

昨今、日本人や若者の自己肯定感の低さがメディアで取り上げられ、自己肯定感を高めることに注目が集まっています。この自己肯定感をも含む概念として、古くから研究に取り組まれている自尊感情の概念があります。

自尊感情とは「人が自分の自己概念と関連づける個人的価値及び能力の感覚」(遠藤他, 1992, p.1)と定義されます。職場においては「組織内自尊感情」の概念が用いられることが多いですが、この組織内自尊感情が従業員の内発的動機やポジティブな行動を引き出すことが明らかにされています(Pierce et al., 1989)。

ただ自尊感情の研究では、単に自尊感情が高ければ良いわけではない、との議論があります。アメリカでは1980年代に自尊感情のポジティブな効果を期待し、学校などで大規模な自尊感情を高める取り組みがなされました。その結果、教育水準の低下や、他者配慮の欠如などネガティブな問題が生じました(中間, 2016)。

そのことを受けて改めて自尊感情の研究が進められ、自尊感情の概念は多元的であり、自尊感情のどの側面が高まるかで、その影響が異なると考えられるようになりました(e.g., Crocker and Wolfe, 2001; Deci and Ryan, 1995)。具体的には、他者との比較や他者からの評価から生じる自尊感情が高い人は、その自尊感情を維持するために、評価などを求めた行動を取りやすいと考えられています。これに対し、自己の内面の価値観に基づいた自尊感情が高い人は、他者からの評価に左右されず、自分の興味関心に基づいた行動を取りやすいと考えられています。簡単に言えば、他者より優れていたいと思う人は外発的に、自分らしくいられる人は内発的に行動すると言えます。日本では、伊藤他(2011)が自尊感情の概念を、他者との比較に基づく自己肯定感である「優越感」と、自分らしくいられている全体的感覚である「本来感」に分けて、その影響について検討しています。

このように自尊感情の概念は多元的で複雑ですが、このような自尊感情の概念を理解せずに他者と比較する形で自己肯定感の向上に取り組んでしまうと、かつてのアメリカと同じ過ちを繰り返してしまう危険性があると言えます。

ワーク・エンゲイジメントは高い方が良い?

近年、日本の人材系の領域において、「仕事に対するポジティブで充実した心理状態」(Schaufeli et al., 2002; 島津, 2010, p.2)であるワーク・エンゲイジメントという概念が注目されています。日本の生産性や若者のモチベーションの低下が叫ばれる中、危機感を持った国や企業がワーク・エンゲイジメントの向上に積極的に取り組もうとしています。ワーク・エンゲイジメントは仕事への「活力」、「熱意」、「没頭」によって構成され(Schaufeli et al., 2002)、ワーク・エンゲイジメントが個人のパフォーマンスやメンタルヘルスなどにポジティブな影響を与えることなどが明らかにされています(Shimazu and Schaufeli, 2009)。

ただ、このワーク・エンゲイジメントの近接概念として、過剰な働き方であるワーカホリズムという概念が存在します。このワーカホリズムの概念は「過剰な働き方」と「脅迫的な働き方」から構成され(Schaufeli et al., 2008)、ワーカホリズムが個人のパフォーマンスやメンタルヘルスにネガティブな影響をもたらすことも示されています(Shimazu and Schaufeli, 2009)。

そのため、職場で積極的に働いており、一見、ワーク・エンゲイジメントが高まっているように見える人であっても、実はワーカホリズムが高まっている場合には、その人の働き方がもたらす効果がネガティブなものになってしまう危険性があります。

従業員の自尊感情とワーク・エンゲイジメント、ワーカホリズムとの関係

以上のことを踏まえると、自己の内面の価値観に基づいた自尊感情の高い人は、他者の評価を気にせずに興味関心に基づいて自発的に仕事に取り組むのに対し、他者との比較や他者からの評価から生じる自尊感情が高い人は、評価を得るために過剰に働く可能性が想定されます。つまり、本来感はワーク・エンゲイジメントを促進するのに対し、優越感がワーカホリズムを促進すると考えられます。

そこで企業で働く従業員にアンケート調査を実施し、従業員の自尊感情を「組織内自尊感情」、生活全般における「一般本来感」と「一般優越感」の3要因で測定し、それらがワーク・エンゲイジメントとワーカホリズムとともに知識共有行動に与える影響について、重回帰分析という手法で分析してみました。分析結果の内、本来感と優越感の結果を抜き出したものが以下の表になります。

分析の結果、本来感はワーク・エンゲイジメントや知識共有を促進し、ワーカホリズムを抑制する傾向がありました。それに対し、優越感はワーク・エンゲイジメントを促進する一方で、ワーカホリズムをも促進し、知識共有を抑制する傾向が示されました。つまり自分らしくいられる人は積極的に働き、また知識共有しつつも過剰な働き方をしないのに対し、他者より優れていたいと思う人は積極的にかつ過剰に働く一方で、知識共有を控える傾向があることを意味しています。

個人の存在を認めること

優越感の高い人は、一見、自己肯定感が高く、また積極的に働いているように見えることから、企業では肯定的に評価されるかもしれません。ただこのような人は、実は優越感を守るために評価を気にしつつ過剰な働き方をしており、かつ知識共有には貢献しない人であり、パフォーマンスやメンタルヘルスにおいて問題を抱えている人である可能性があります。企業は従業員の表面的な自己肯定感やワーク・エンゲイジメントの高さだけで良し悪しを判断するのではなく、それらの高さの背後にある従業員の心理的な要因にも注意を払う必要があると言えます。

そして、優越感を守るために一生懸命働いている人に対しては、仕事の結果や能力の如何に関わらず、まずはその人が自分を受け入れて自分らしくいられることができるように、その人の存在を認めてあげることが必要なのかもしれません。

参考文献

Crocker, J., and Wolfe, C. T. (2001) “Contingencies of Self-Worth,” Psychological Review, Vol.108, No.3, pp.593-623.

遠藤辰雄・井上祥治・蘭千尋壽編 (1992)『セルフ・エスティームの心理学』ナカニシヤ出版.

伊藤正哉・川崎直樹・小玉正博 (2011)「自尊感情の 3 様態:自尊源の随伴性と充足感からの整理」『心理学研究』Vol.81, No.6, pp.560-568.

Deci, E. L. and Ryan, R. M. 1995. “Human Autonomy: The Basis of True Self-Esteem,” in Kernis, M. H. (eds.), Efficacy, Agency, and Self-esteem, Plenum Press, pp. 31-49.

向日恒喜(2022)「従業員の自尊感情の3要因が知識共有行動、ワーク・エンゲイジメント、ワーカホリズムに与える影響」『経営行動科学学会第25回年次大会発表論文集』pp.304-310.

中間玲子編著(2016)『自尊感情の心理学』金子書房.

Pierce, J. L., Gardner, D. G., Cummings, L. L. and Dunham, R. B. (1989) “Organization-Based Self-Esteem: Construct Definition, Measurement, and Validation,” Academy of Management Journal, Vol.32, No.3, pp.622-648.

Schaufeli, W. B., Salanova, M., Gonzalez-Romá, V. and Bakker, A. B. (2002) “The Measurement of Engagement and Burnout: A Two Sample Confirmative Analytic Approach,” Journal of Happiness Studies, Vol.3, No.1, pp.71-92.

Schaufeli, W. B., Taris, T. W. and Van Rhenen, W. (2008) “Workaholism, Burnout, and Work Engagement: Three of a Kind or Three Different Kinds of Employee Well-being?” Applied Psychology, Vo.57, No.2, pp.173-203.

島津明人(2010)「職業性ストレスとワーク· エンゲイジメント」『ストレス科学研究』Vol.25, pp.1-6.

Shimazu, A. and Schaufeli, W. B. (2009) “Is Workaholism Good or Bad for Employee Well-Being? The Distinctiveness of Workaholism and Work Engagement among Japanese Employees,” Industrial Health, Vol.47, No.5, pp.495-502.

(向日恒喜)

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