自律的動機に基づく社会を築くには:SDT2019に参加して

こんにちは、向日です。前回のブログの記事で国際会議のことに少し触れましたが、今回はその会議のことを詳しく紹介したいと思います。

SDT2019:内発的動機に関する国際会議

5/21-24の間、オランダ、アムステルダムの近郊、エグモント・アーン・ゼーという街で開催された、7th International Self-Determination Theory Conference(SDT2019)という国際会議に参加し、研究報告をしてきました。Self-Determination Theoryとは「自己決定理論」と訳されますが、いわゆる内発的動機に関連する理論です。

自己決定理論とは

自己決定理論は内発的動機の権威であるエドワード・デシ教授とリチャード・ライアン教授によって提唱された理論です。この理論では、自律性の程度に従い外発的動機を4段階に分類するとともに、内発的動機と目的などに基づいた自律性の高い外発的動機を「自律的動機」、報酬や評判などにコントロールされた他律的な外発的動機を「他律的動機」と分類しています。そして、自律性、関係性、有能感が高まることで他律的動機から自律的動機に移行すると主張しています。

会議の概要

この会議には世界中の43か国から約750名の研究者や実務者が参加し、4日間にわたり研究報告を中心に学術的な情報交換がなされました。デシ教授とライアン教授も参加し、二人による基調講演や参加者との質疑応答形式のディスカッションの時間も持たれました。研究報告では基礎的な理論研究とともに学校や職場への応用研究も数多く報告され、私は職場への応用研究を中心に聴講しました。

自律的動機の効果を示す大量の証拠

この会議で印象に残ったことの1つに、自律的動機の効果を示す大量の研究が報告されていることです。

日本において、本、論文、学会等で自己決定理論に触れる機会はありましたが、この会議では、世界中から自律的動機に基づいて社会を良い方向に変えていこうとする研究者が集まり、それらの研究者によって、これでもかと言うほど、自律的動機の効果を示す研究が報告されていました。言い換えれば、自律的動機は個人や組織のパフォーマンスに有効であるとの証拠が大量にあると言えます。

自律的動機と他律的動機の組み合わせ

印象に残ったことの2つ目に、動機の組み合わせを扱った「モチベーション・プロファイル」が挙げられます。

自律的動機の有効性を議論する際に、得てして他律的動機は悪いものとの論調に陥りがちです。しかし人間は、どちらか一方の動機だけを持っているのではなく、双方の動機を持っており、その比率が個人によって異なるのが現実です。モチベーション・プロファイルを用いた研究では、自己決定理論に基づく動機の組み合わせパターンからいくつかの動機のプロファイルを作成し、どのプロファイルがどのような影響を与えるかを分析しています。それらの研究では、高い自律的動機と一定の他律的動機を持っている人のパフォーマンスが高いことを示す報告もみられます。つまり人間の積極的な行動には、自律的動機だけではなく一定の他律的動機も必要である可能性を示しています。

研究者と実務者の協力

印象に残ったことの3つ目は、研究者と実務者の協力について議論がなされていたことです。

ディスカッションの中で、コンサルタントなど実務者の方々から、「研究者は難しい論文を書くだけではなく、わかりやすい本を書いてほしい」とのリクエストがありました。一方、研究者の方々から「わかりやすく伝えるのは実務者の方々が得意なので、ぜひ研究者が明らかにした結果をわかりやすく世の中に伝えるために力を貸してほしい」との応答がなされました。また「わかりやすく伝えるのは大切だが、”evidence base (証拠に基づく)”を忘れてはいけない」との言葉も付け加えられました。研究者と実務家が協力して、証拠に基づいた啓蒙活動を進めていくことが必要であることを改めて実感させられました。

自律的動機と他律的動機の共存

このような会議に参加して感じたことが、5月30日のブログにも書いたこととも関係しますが、なぜ自律的動機に関する根拠が多く存在している中で、また、自律的動機を通して社会を良い方向に変えていきたいと考えている研究者や実務者が多くいる中で、自律的動機に基づく仕組みが社会に根付かないのか、との疑問です。

研究者と実務者が協力することで、自律的動機の重要性を社会に伝えたとしても、それを受け入れてもらうことが次のハードルとなります。この点については、ディスカッションではほとんど取り上げられませんでした。ただ、「研究者は、経営者はお金に目が向いていると思い込み、逆に経営者はそのような指摘に対して防御的になっている」との意見がありました。研究者の心の中には「他律的動機に基づいた社会は良くない」、経営者の心の中には「他律的動機が否定されたなら、我々のやっていることが否定される」との思いがあり、それらの思いが互いの立場を受け入れることを妨げてしまっているのかもしれません。

モチベーション・プロファイルによるアプローチは、人間の積極的な行動を引き出すうえで、双方の動機のバランスが問題であることを示しているとも言えます。「自律的動機」対「他律的動機」という二項対立の構図ではなく、両動機の共存の視点を持つこと、そして、研究者と経営者双方が、お互いを理解しあうことが求められているのかもしれません。

(向日 恒喜)

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