居場所は職場にプラスか:心理的居場所感が従業員に与える影響の分析

朝晩はずいぶん涼しくなり、秋らしさを感じるようになってきました。
こんにちは、向日です。
新学期や学会報告の準備などで慌ただしくしており、気づくとブログの記事も2ヵ月ほどご無沙汰していました。このブログは居場所をキーワードにしていますが、居場所が職場にもたらす効果はほとんど明らかになっていない状況です。そのような中、今年の3月に職場の居場所に関するアンケート調査を実施し、それを用いて春から秋にかけて学会で順次報告しています。今日は、最近報告した4件の内容を簡単に紹介させていただき、本当に居場所が職場にプラスなのかどうかを考えてみたいと思います。

研究の概要

今まで、職場の居場所感について具体的に取り組んだ研究は中村・岡田(2016)ものしかありませんでした。この研究では職場の居場所感について質問項目を作成し、以下の3つの要素を明らかにしています。

 役割感:人の役に立っている感覚
 安心感:安心する感覚
 本来感:自分らしくいられる感覚

ただ、この研究では居場所感の影響は明らかにされていませんでした。そこで、この論文で作成された質問項目を用い、インターネット・リサーチを利用したアンケート調査で得られたデータを用いて、居場所感が従業員の態度や行動に与える影響について分析をしてみました。

調査の対象は、企業で働いている人(派遣やパートも含む)で、最終的に581名分のデータを分析に用いました。内訳は、性別は男性(63%)、年齢は40代と50代(72%)、業種は製造業とサービス業(56%)が多くなっています。以下に分析結果を紹介します。

居場所感は知識共有を促進するのか

会社にとって知識は重要な資源と言われていますが、居場所を感じることで関係が良好になり、積極的な知識のやり取りが生じる可能性があることから、まず居場所感が知識提供行動(向日, 2019a)と知識獲得行動(向日, 2019b)に与える影響について検討してみました。

その結果、役割感と安心感は知識獲得と提供の双方を促進し、本来感は知識提供のみを促進することが示されました。少なくとも、居場所感は知識の共有には有益な影響を与えるようですが、やや知識提供への影響の方が強いようです。

居場所感は人間関係の多様性を促進するのか

職場に居場所を設けると、居心地が良いために従業員がそこでの人間関係に甘んじてしまい、同質的な関係に閉じこもってしまうとの危惧があります。そこで、居場所感が人間関係の多様性と同質性に対する態度に与える影響について分析してみました(向日, 2019c)。

その結果、居場所の3つの要素は関係多様性の態度を強めるのに対し、居場所の安心感だけは関係同質性の態度をも強める傾向がありました。このことは、安心感だけを高めることは、関係の多様性とともに同質性をも高めるリスクがあり、居場所感を通して関係の多様性を促進させたいのであれば、安心感だけではなく役割感、本来感をも高める必要があることを示しています。

居場所感は会社への積極的な関りを引き出すのか

職場の居心地が良いことは、「ここで頑張ろう」との会社への積極的な関わりを引き出す可能性がある一方で、居心地が良いので「転職するよりもここに居続けた方が得だ」との会社への消極的な関わりを引き出す可能性があります。このような会社への関わり方の態度を「組織コミットメント」と呼びます。このコミットメントは、組織への一体感に基づいたもので、従業員のポジティブな行動を引き出す「内在化コミットメント」と、組織を辞める際のコストの知覚に基づいたもので、従業員のネガティブな行動を引き出す「存続的コミットメント」があります(高木, 2003)。そこで、居場所感がプラスに機能するのかマイナスに機能するのかを確認するために、居場所感とこれらのコミットメントとの関係を分析してみました(向日, 2019d)。

その結果、居場所の3つの要因が内在化コミットメントを強めるのに対し、役割感のみが存続的コミットメントをも強めています。特に、興味深いのは、役割感が内在化コミットメントと存続的コミットメント双方に影響を与えている点です。会社の中で役割があるとの感覚は、この会社のために頑張ろうとの気持ちを引き出す可能性がある一方で、ここで得た評判を手放すのはもったいないとの気持ちを引き出している可能性があります。社員に貢献を伝えて役割を実感させることは大切ですが、それだけでは逆にその役割にしがみつき続ける社員を作り出す可能性もあります。ポジティブなコミットメントを引き出すためには、役割感だけではなく、安心感、本来感も必要になると考えられます

役割感、安心感、本来感のバランス

以上の分析から、居場所の役割感は存続的コミットメントを、安心感は関係の同質性を高めるリスクがあります。そのため、特定の要素を高めるのではなく、役割感、安心感、本来感をバランスよく高めることで、内在化コミットメントや関係の多様性を高めるとともに、知識の共有を促進でき、居場所のプラスの効果を引き出すことができると考えられます。つまり、居場所の3つの要素のバランスが重要である可能性があります。

ただ、これらの研究は、まだ学会での口頭発表の段階で、厳格な審査を受けた研究内容ではないため、不十分な点も多くあります。たとえば個人の役職や職種などによって居場所感が与える影響が異なるかもしれません。しかし、職場の居場所感が従業員の態度や行動と関連があることは確かなため、今後、さらなる分析を進めたいと考えています。

参考文献

向日恒喜(2019a)「職場における心理的居場所感が知識提供行動に与える影響」『第78回日本情報経営学会全国大会予稿集』pp.117-120.

向日恒喜(2019b)「職場における心理的居場所感が知識獲得行動に与える影響」『経営情報学会2019年春季全国研究発表大会予稿集』pp.288-291.

向日恒喜(2019c)「職場における心理的居場所感と人間関係の多様性・同質性との関係」『産業・組織心理学会第35回大会発表論文集』pp.87-90.

向日恒喜(2019d)「職場における心理的居場所感が組織コミットメントに与える影響」『日本心理学会第83回大会発表論文集』.

中村准子・岡田昌毅 (2016) 『企業で働く人の職業生活における心理的居場所感に関する研究』産業・組織心理学研究, Vol.30, No.1, pp.45-58.

高木浩人 (2003) 『組織の心理的側面』白桃書房.

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