様々な経験を通して自分らしさを築く:職場で自分らしくいることの影響の分析

居場所の一つの構成要素に「自分らしくいられること」が挙げられます。けれども、従業員が職場で自分らしくいることは企業にとってプラスに働くのでしょうか。また、職場において自分らしくいたいと思っても、周囲の評判などが気になってしまうなど、自分らしくいること自体が難しいかもしれません。

果たして、職場で自分らしくいることはどのようなことで、またどのような影響を与えるものなのでしょうか。最近、職場における自分らしさの影響について分析した内容を論文(向日, 2019)にしたので、今回は簡単にその内容を紹介したいと思います。

「自尊心」の二側面:「本来感」と「優越感」

興味関心に基づいた「内発的動機」の研究の第一人者である、デシとライアン(Deci and Ryan, 1995)は、「自尊心」を自分の価値を信じる健全で安定した「真の自尊心」と、他者からの評価などにより変化する不安定な「随伴的自尊心」とに分類し、真の自尊心の下で内発的動機が引き出されると述べています。つまり他者からの評価の影響を受けずに自分の価値を信じているときに内発的動機で行動できるようになると考えられます。

また、伊藤・川崎・小玉(2011)は、デシとライアンの主張も踏まえ、自尊心を自分らしくいられている全体的感覚である「本来感」と、他者との比較に基づく自己肯定感である「優越感」に分けて検討しています。

さらに、ファン・デン・ボシュとタリス(Van den Bosch and Taris, 2018)は、職場における本来感が、自律的動機(内発的動機や、自律性の伴った内発的動機に近い外発的動機)を高めること、また内発的動機を介して個人のウェル・ビーイングを高めることなどを示しました。

ただ彼らは、職場での本来感を個人の特性ではなく、状況によって変化する概念として捉えています。そのため、周囲の影響を受けずに自分らしくあることが職場での行動に与える影響を検討するためには、職場における本来感だけでなく生活全般における本来感の影響をも検討した方がよいと考えられます。

「本来感」の影響の結果

以上の議論に基づき、生活全般における「一般本来感」と「一般優越感」とが職場の知識提供動機に与える影響を、企業従業員から得られたデータを用いて分析してみました。そして、以下の表のような結果が得られました。

(知識提供動機は、「外的調整」、「取り入れ的調整」、「同一化的調整」、「内的調整」の順に自律性が高まるとの「自己決定理論」に従い分類されています(e.g., Deci and Ryan, 1995))

この結果は、一般優越感は、価値や関心に基づいて自ら進んで知識を提供する「自律的動機」と、報酬や評判を意識して知識を提供する「他律的動機」の双方を高めるのに対し、一般本来感は自律的動機のみを高めることを示しています。

他律的動機は報酬や評判を求める自己中心的な行動やバーンアウトを引き起こすのに対し、自律的動機は組織への貢献行動やウェルビーイングを引き出す傾向があります(e.g., Van den Bosch and Taris, 2018)。そのため、自律的動機を高める本来感は、組織にとってポジティブな行動のみを引き出す可能性が高いと言えます。

また参考までに、生活全般における「一般本来感」と職場における「職場本来感」との影響を分析すると、以下のようになりました。

この結果は、職場本来感は自律的な知識提供動機と他律的動機、双方を高めるのに対して、一般本来感は自律的動機のみを高めることを示しています。つまり職場本来感は、一般優越感と同じように他律的動機をも高める特徴を持っていることがわかります。

生活の様々な経験を通して自分らしさを築く

以上を踏まえると、自分らしくあることが周囲の影響を受けた他律的な行動を抑制し、自分の価値や関心に基づいた自律的な行動を引き出すと考えられます。そして、特に職場において自分らしくあることよりも、生活全般において自分らしくあることの方が、自律的な行動を引き出していくと考えられます。

職場での自分らしさは職場での評価などからの影響が大きいことから、自分らしさを守るために評価などを獲得することに意識を向けさせ、結果、他律的動機を引き出してしまうと思われます。一方、生活全般においての自分らしさは、職場以外の要因からの影響も大きいことから、自分らしさを守るために必ずしも職場の評価が必要とはならず、結果、他律的動機がさほど引き出されないと思われます。

職場において、周囲の影響を受けず、自分の価値を信じ、自律的な行動を引き出す自分らしさとは、職場の外をも含んだ生活の様々な経験を通して築き上げられた自分らしさのようです。

企業が従業員の自律的な動機を通してポジティブな効果を引き出すことを考えるのであれば、従業員を仕事の範囲を超えた私生活をも含めた全人的な存在として捉え、生活の様々な経験を通して自分らしさを築き上げることを支援する必要があるのかもしれません。そして、そのような自分らしさを持った個人が、職場においても、周囲の評判などを意識せず、自己の価値を信じた積極的な行動を取ることができるようになるのかもしれません。

参考文献

Deci, E. L. and Ryan, R. M. 1995. “Human Autonomy: The Basis of True Self-Esteem,” in Kernis, M. H. (eds.), Efficacy, Agency, and Self-esteem, Plenum Press, pp. 31-49.

Deci, E. L. and Ryan, R. M.,(eds.)(2002)Handbook of Self-Determination Research, University of Rochester Press.

伊藤正哉・川崎直樹・小玉正博 (2011)「自尊感情の 3 様態:自尊源の随伴性と充足感からの整理」『心理学研究』Vol.81, No.6, pp.560-568.

向日恒喜 (2019)「本来感と優越感が職場における知識提供動機に与える影響」『中京企業研究』Vol.41, pp. 63-73.

Van den Bosch, R. and Taris, T. (2018) “Authenticity at Work: Its Relations with Worker Motivation and Well-being,” Frontiers in Communication,Vol.3, 21.

(向日 恒喜)

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする